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和歌山県の総合神社紹介【和歌山県神社庁】

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滝尻王子宮十郷神社

滝尻王子宮十郷神社 たきじりおうじぐうとうごうじんじゃ

  • 坂本 満男
  • 646-1421
    田辺市中辺路町栗栖川859番地
  • 0739-63-0048
  • (主祭神)天照皇大神 (配祀神)日子日能邇邇藝命 天忍穂耳命 天津日高日子穂々出見命 鵜葺草葺不合命

11月3日

黒漆小太刀(国指定) 瀧尻王子跡(県指定) 木造皇大神像(市指定)

本殿(春日造 8,3屐 拝殿(26,5屐 幣殿(6,6屐 手水舎(6,6屐

1,140

中辺路町栗栖川地区

院政期の熊野参詣日記(中右記・吉記・長秋記・後鳥羽院御幸記)に記される瀧尻王子社で、当社で祓・沐浴・経供養・歌会・里神楽などのほか神託の告げのあったことで名高い。
江戸時代社名を瀧尻五体王子社であったが、明治元年瀧尻王子社と改称された。
同10年6月、村社となる。
同40年4月、幣帛料供進社に指定。
翌41年11月の一村一社の神社合祀令によって、村内の神社(栗栖川の厳島神社・杵荒神社・石船の八柱神社・小皆の竃神社・水上の岩戸別神社・内井川の若宮神社・熊野川の若宮神社・真砂の八幡神社2社・北郡の日吉神社・西谷の大山祇神社)11社を合祀し、社名を十郷神社と改めた。
大正3年2月、会計法適用社に指定。
昭和21年6月、社名を瀧尻王子宮十郷神社と改称した。
同9月、合祀していた11社が分離し旧地に復社した。
この瀧尻王子は、富田川と石船川の合流地点にあり、富田川は阿弥陀如来・石船川は観音菩薩の浄土と念じて水垢離を行うのが貴顕の参拝儀礼である。
天仁2(1109)年、熊野に参詣した藤原宗忠が水垢離の為19回にわたり富田川の渡河を繰り返し、瀧尻王子に参拝した事が残されている。
瀧尻王子の境内は多くの岩石で覆われ、熊野古道は修験道とし、瀧尻王子境内は修験の場であったのであろう。
転在する岩石や洞窟にその跡が残されて居る。
中でも奥州藤原氏三代藤原秀衡の夫人が此処て産気つき、人家無きをもってこの岩石の洞窟で男子出産し、熊野に参拝して帰途につき、洞窟に立ち寄れば子供は岩石から滴る乳を飲み生存していた。
この子供は藤原家泉三郎であると言はれている。
秀衡これに報いて同地に七堂伽藍を造営し、武具等奉納したという。
この洞窟を体内くぐりとして観光の的になっている。
尚この納められた武具の中の黒塗り小太刀は、重要文化財として和歌山博物館で管理されている。
叉現 社殿は天保10(1839)年に建て替えられている。
社務所については明治43年建築。
正治2(1200)年、御鳥羽上皇切目王子御歌会の3日後、瀧尻王子で御歌会を催された事は熊野懐紙で残されているが、この歌会の遺跡保存顕彰について大正の初期より各方面から要望されながら実現できなかった。
然し時が進むにつれ、構造物の破損・木造物の腐敗が進み、やむを得ず平成5年より寄付報願書で各地にお願い呼びかけ、集まった寄付金を持って全境内改善・腐敗した木造作りの鳥居を石造に改善。
社務所の取り壊し、参道外の構造物を自然石で復旧し、平成8年願い続けてきた御鳥羽上皇歌会の遺跡保存顕彰碑は、鳥根県人外有志の協力により上皇崩御の地隠岐産の原石を持って歌碑建立念願をかなえる事が出来た。
平成16年7月、熊野古道世界遺産に登録され、古道の玄関口にある瀧尻王子は世界遺産に並ぶ扱いとなり、古道遊覧にこられる観光客の神社参拝者は10万人越えるのでないかと思われる。
(例祭)
神事終了後景品付の投げ餅をもって終了。

写真情報

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