和歌山県神社庁は「万葉集」にも詠われる和歌浦の地にあります。

和歌山県にある神社を総合的にご紹介【和歌山県神社庁】

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和歌山県の総合神社紹介【和歌山県神社庁】

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豊秋津神社

豊秋津神社 とよあきづじんじゃ

  • 栗山 宣希
  • 646-0005
    田辺市秋津町1554番地
  • 0739-25-1799
  • (主祭神)邇々芸命 豊玉比売命 伊邪那美命 (配祀神)彦火火出見命 鵜草葺不合尊 玉依比売命 伊邪那岐命 天照皇大神

東神社 西神社 稲荷神社 秋葉神社 猿田彦神社 国府津社 鳴神社

12月15日

棟札 陣太鼓(安藤公奉納)

本殿(流造 198屐 幣殿(切妻造 7,9屐 拝殿(36,4屐 社務所(49,6屐 絵馬殿(16,5屐 倉庫(16,5屐 神輿殿(9,9屐 手水舎(2,3屐

3,762

田尻 大西 矢矧 青木 西八丁

社伝に、崇神天皇48年のころ勧請すという。
一名雲ノ森。
宝治2(1248)年9月「院御歌合」のとき、正三位六条知家が「森紅葉」と題して「むら雨のけさもゆききの雲の森いくたひ秋の梢そむらん」と詠んで「夫木抄」に収められた。
往古より自然美の社叢であったことが偲ばれる。
江戸時代は雲の森明神社と称し、下秋津村の産土神として崇敬された。
明治3年、社名を豊秋津神社と改称、明治3年3月、村内の小社・叢社(大西の綿津見神社・稲荷神社・猿田彦神社、安井の王子神社、青木の秋葉神社・鳴神神社・国府神社、矢矧の猿田神社)を合祀し境内社にした。
同5年5月、郷社(田辺県)。
同6年4月、村社(和歌山県)となる。
同20年1月、境内社を整理(東神社は旧綿津見神社、西神社は旧王子神社、小神社はその他の神社とした)。
同44四年11月、幣帛料供進社に指定、大正3年2月、会計法適用社に指定された。
(例祭)
古来、雲の森大明神と称され、雲の上を司る神といい伝えられているこの神は、秋津王子と合併のため社名が豊秋津神社と改称され、田辺藩主安藤公の崇敬厚く、安藤直裕公の筆による社名額があり、渡御の宝物も安藤公の寄進になるものと伝えられている。
昭和14年頃までの祭典には、秋津谷、芳養谷、三栖谷など方々から馬が集まり、駆け馬が行われ非常な賑わいを呈した。
戦争で途絶え、その後は神馬1頭のお供えをしていたが、昨今は氏子内に馬がなく、境内に神馬像を奉じて渡御へのお供えは取り止めになっている。
祭典の準備は、2日前に宮掃除、御旅所の舗設、幟立て、提灯立て、湯立て行事の準備、御祓所、神馬の斉竹立て、注連張り等を大当屋を中心に始められる。
宵宮祭は、午後6時から総代、町内会役員等参列して斎行する。
例祭日は午前10時、宮総代、大当屋、渡御役員等約60名が参列し、12名の白丁姿の仕丁にかつがれた御輿に、塩ふり、大麻、国旗、白幟、赤幟、大榊、弓矢、空穂、太鼓、鉾、陣蓋、幣、祝詞箱、御軸、白幣、錦旗、警固、役員、神職氏子総代等が供奉し、打ちならす太鼓の音と共に、会津川右岸沿いに下り、秋津橋しもの御旅所に着く。
御旅所ではお旅所式、里神楽の奉納があり、神酒を参列者にふるまい約1時間休憩する。
休憩をとると、再び会津川左岸より氏子町内の渡御に出発、午後1時神社に還幸となる。
神社は道路から境内まで72段の急な石段があり、御輿をかついでいる仕丁は、あちこちで祝い酒のふるまいを受け、石段を登り宮入りをする。
宮入り後は還幸式例祭を斎行する。
式典中に里神楽が奉納され、湯立神事も行われる。
式典終了後、2時より餅投げがあり、境内は参拝者で賑わう。
これをもって祭典行事を終え直会。

写真情報

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