和歌山県神社庁は「万葉集」にも詠われる和歌浦の地にあります。

和歌山県にある神社を総合的にご紹介【和歌山県神社庁】

和歌山県神社庁

和歌山県の総合神社紹介【和歌山県神社庁】

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八幡神社(古屋)

八幡神社(古屋) はちまんじんじゃ(ふるや)

  • 岡田 左喜代
  • 〒649-1525
    日高郡印南町大字古屋487番地
  • 0738-42-1155
  • 誉田別命 仲哀天皇 神功皇后 木花咲耶姫命 猿田彦命

熊野神社 高良神社 大国主神社 金毘羅神社

10月10日(10月第2日曜日)

本殿(木造銅板葺 19,8屐 拝殿(木造瓦葺 16,5屐 社務所(木造瓦葺 34,65屐 参集所(木造瓦葺 46,25屐 神輿庫(木造瓦葺 8,25屐 一ノ鳥居(コンクリート造両部鳥居) 二ノ鳥居(木造伊勢鳥居)

46,450.8屐ゞ内山林50,985

印南町(古屋・宮ノ前・羽六)

当社は印南町大字古屋487に鎮座しており、誉田別命、仲哀天皇、神功皇后、を主祭神とする。
天安元(857)年、永野主殿頭が弟、安太夫を伴って熊野参をめざしていた。
主殿頭は、元尾張国愛智郡において1万8千石を所領していた永野民部太夫の子孫で、三河に住んでいたが、祖先より奉じていた御神体とともに熊野へと歩を進めていたのである。
ところが切部街道に入っているとき、大雨のため先に進むことができず、数日間、逗留を余儀なくされてしまった。
そうこうするうちに住んでいる人々とも親しくなり、青年たちに「ぜひ武術のてほどきを」と乞われ、時間もないことで「参拝の帰途必ず、手ほどきをする」と約束し、出発しようとした。
しかし、不思議なことに奉じていた御神体が大変重く、動かすこともできない。
やむを得ず弟をその地に残し、守護させ、主殿頭ひとりで宿願の参詣を果たした。
帰途、御神体を奉持するため、この地に永住することとし、傍ら、約束の「武術」を人々に数えていった。
その後2度動座されたが、仁和年間(885)年に至り、当地に勧請されたものである。
「八幡神社(古屋)」(10月14日本祭り)『印南町史』より。
同社は切目西ノ地の丸山に鎮座していたが、明応4(1495)年、古屋八幡山に移転した。
古屋八幡の祭礼は、丸山のころ以来、明治41年までは8月14日で、島田・西ノ地・古屋・宮ノ前・羽六の5ヶ村で行われた(『印南町史史料編』163ページ)。
西ノ地島田から幟・お傘・屋台が参加し、祭礼はまず羽六の奴踊りと宮ノ前・古屋の奴踊り、本村の獅子舞、島田の獅子舞、駆け馬の順で行われた。
駆け馬や山車は最初島田から出し、また流鏑馬の儀式も行われていた。
その後明治9年、羽六も屋台を出し、やがて宮ノ前・古屋が羽六に合流したので、明治9年からは奴踊り・子踊りを廃止して屋台獅子舞と駆け馬になった。
御幣を奉じて渡御する人も大変多い。
明治41年の神社合併によって切目川八幡神社となり、古井・下津川・樮川・羽六・古屋・宮ノ前が氏子となる。
また祭礼は古井・樮川・学而会(羽六・古屋・宮ノ前3ヶ字の青年団の名称)の屋台押しと獅子舞を主に、馬駆け(宮ノ前・上角・古屋・羽六からそれぞれ駆け馬を出した)、流鏑馬行事も続けられていたが、昭和24年を最後に神社分離が行われ、古井岩上神社、樮川真妻神社は、それぞれの地域で祭礼行事が行われるようになった。
古屋八幡祭は、神輿と御幣を奉ずる人々と屋台1基の渡御で、昔に比べ大変寂しいものになっている。
獅子舞は、島田から伝わってきたといわれている。

写真情報

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