和歌山県神社庁は「万葉集」にも詠われる和歌浦の地にあります。

和歌山県にある神社を総合的にご紹介【和歌山県神社庁】

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和歌山県の総合神社紹介【和歌山県神社庁】

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水門吹上神社

水門吹上神社 みなとふきあげじんじゃ

  • 小島 清藏
  • 〒640-8224
    和歌山市小野町2丁目1番地
  • 073-422-7007
  • 御子蛭兒神 大己貴神

笠森稲荷神社

9月18日

特殊神饌 牛の舌餅(12月23日)

本殿(鉄筋コンクリート造銅板葺流造 16屐 拝殿(鉄筋コンクリート造銅板葺入母屋造 95,4屐 幣殿(鉄筋コンクリート造銅板葺切妻造26屐 神饌所(鉄筋コンクリート造銅板葺切妻造14,5屐 境内社(木造銅板葺春日造 4屐 社務所(木造モルタル造 210屐 参集殿(鉄筋コンクリート造 120屐 社宅(鉄筋コンクリート造二階建 317,4屐 南鳥居(鉄筋コンクリート造明神鳥居) 西鳥居(アルミニューム造明神鳥居) 境内社鳥居(鉄筋コンクリート造明神鳥居)

2,270

和歌山市(雄湊地区・砂山地区・湊中洲)

水門神社社伝によると、昔、紀水門の海上に、夜ごとに神光顕われ、いつしか波に従って浜辺に打ち上げられたのを見ると、戎様の神像であったと言う。
そこで、湊村字和田濱鵜島に祠を建て、これを齋き祀っていたが、明應年間(1491―1500)に大海嘯が起こって砂に埋没したので、住民らが今の西河岸町字元恵美須に移し、更に大永3(1523)年6月23日、現在位置に鎮座したものである。
吹上神社は、昔は、吹上三本松(今の植松町の南)と言う所に鎮座していたが、天正年間(1573―1591)、此地に合祀したものである。
その後、しばらくは、相殿でお祀りしていたが、後に、社殿を分け二神相並べてお祀りし、第二次大戦迄、水門神社・吹上神社と称していたが、戦災により社殿一切が消失し、戦後は、同床共殿によりお祀りし、水門吹上神社と称するようになり現在にいたっている。
水門神社は蛭兒神(戎様)、吹上神社は大己貴神(大国様)が御祭神で、2柱の福の神をお祀りする全国でも例の少ない神社である。
(鎮座地)
現在の鎮座地は、神武天皇が御東征のみぎり、御皇兄の彦五瀬命が、和泉で長髄彦の流失に当り、出血甚だしく、崩御されたと言われる旧跡である。
『古事記』に言う「男水門」とはこの地であると伝えられ、境内には、聖跡記念碑が立っている。
(十日戎)
神社は、紀州の十日戎祭発祥の社として知られ、正月9日、10日、11日の十日戎には、福を授かるべく老若男女が参詣し、吉兆(福笹)を求めて帰る人のおびただしい事は、今も昔も変わりない。
又、現在では、よく知られている「のし飴」も当社が発祥の物であり、これは紀州独特の物で、他では見られない。
(牛の舌餅投げ)
牛の舌餅という畳1枚程ある「のし餅」は、毎年11月23日の新嘗祭に、神饌として、御供し、祭典終了後、参詣者に、他の奉納された餅とともに、投げ配られている。
これは何時の頃より始められたか詳らかではないが、牛祭りに投げたものと言われている。

写真情報

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